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 今回は神戸を代表するシャンソン歌手の 拵井(かこい)加代子さん をインタビュ-
 いたしました。拵井さんは須磨区にお住まいで、神戸を中心にコンサート活動を
 展開、須磨・御影・倉敷市に教室を開くなどシャンソンの普及に努めておられます。
 取材班は3月14日に「ポートピアホテル・キーノーツ」で開催されましたライブにお邪魔
 してきましたっ!初めてのシャンソンにすっかり聞き入ってしまいました・・・。

 心に語りかけてくるような歌で、拵井さんの魅力を肌で感じた1日でした。








ポートピアホテル・キーノーツにて)




1984年



1994年








  拵井 加代子 さん (かこい かよこ)
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 「シャンソンコンクールde KOBE」入賞
北野クラブ、東天紅ラウンジでレギュラー出演
フィリピン学資援助支援チャリティーコンサートに出演

シャンソンリサイタル「じっとこうして」(ホテルシェレナ)を開催。この時、手話による歌を披露、朝日新聞に掲載される。又、読売TVでもニューススクランブルでも大きく放送される

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その後、2年毎に自主制作公演(リサイタル)を開催
(新神戸オリエンタル劇場etc)

「夢・ときめき」「夢・平和」ライブ版のCDを発売中

コンサートでは石井好子さん・深緑夏代さん・戸川昌子さん・藤本統紀子さん等と共演

東京芝メルパルクホール・新大阪メルパルクホール
大阪NHKホールなどに出演



Q1. シャンソンとはどのようなものか教えてください

取材班



拵井さん










取材班


拵井さん





取材班

拵井さん









取材班


拵井さん

神戸はシャンソンを楽しむ人口が多い街だと聞いていますが、若い人などシャンソンをよく知らない人たちにシャンソンはどのようなものか教えてください。

シャンソンは元々、フランスで歌われていた昔の流行歌なんです。特徴は歌詞に意味がこめられていたり、歌詞の内容が濃いことです。
一般的には恋愛の気持ちを歌ったり、その時の時代背景を表現している曲が多いです。
シャンソンを知らない人には「そんな高尚な歌、難しくて出来ない」といわれ、クラシックをやっている人には「下町の歌」だといわれ、どっちつかずな中途半端なポジションだと思われがちですが、私はシャンソンは音程やリズムより気持ちを優先して歌える音楽だと思っています。

今日聴かせていただいて、非常に気持ちを込めて歌っておられるなあという印象を受けました。

私共の教室では、歌詞を完全に覚えて、歌詞の意味を考え、歌い込むようにしています。そうすることでより気持ちが入り、味のある歌になります。一曲を努力して歌い込むことで自分の歌にする。そこがシャンソンの良さだと思います。
そのような印象をお受けになったのはそのためだと思います。

拵井さんがシャンソン歌手になられたきっかけは何ですか。

大人になってシャンソンを習い始めたときに、神戸のシャンソンコンクールで賞を頂いたのがきっかけですね。
小さい時から歌が好きで、小学校のころから岸洋子さん、グラシェラ・スサーナのサントワマミー、アドロ、ラノビアなど聴いていました。
高校の音楽授業でシャンソンの「詩人の魂」を歌ったのですが、そのときの先生に「シャンソンに向いてる声やね」と言われたのが何となく自分の中にありまして。
オペレッタやクラシックをやっていた時期もあったのですがピタッとくるものがなくて・・・。

それでは色々な音楽を経験され、辿り着いたのがシャンソンだったということですね。

そうですね。ステージに立つのが好きで、ミュージカルとかも大好きたっだんですけどね。
オペレッタをやっていた時は私は声が低かったのでいつも王様とか王子様の役ばかりでしたね(笑)


Q2.これまでやってこられたシャンソン活動に関するエピソードを教えてください

取材班



拵井さん









取材班


拵井さん




取材班


拵井さん









今まで、シャンソン活動を続けてこられた中で一番、印象に残っているステージを教えてください


最近は年に1〜2回、東京でシャンソンの大御所でおられる石井好子さんと同じステージで共演させてもらっています。このような大きなステージは勉強になると共に深く印象に残っていますね。
でもやはり、自分の中で一番、印象深いものとなると、三宮の「北野クラブ」でのステージですね。北野クラブも今現在は結婚式場として有名ですが、当時はまだクラブとして経営されておりまして、ホステスさんが最後にいた時代でした。そんな中、3ヶ月という期間だったのですが弾き語りをさせて頂きました。その時、色々なホステスさんと知り合いになり、話していたことがとても思い出に残っています。

そうですか。北野クラブに出演されていたのはプロフィールにもありましたね。確か活動をされて最初のほうだったのではないですか。

そうですね。まだ私もシャンソン歌手として未熟な時期でした。ですから余計に印象に残っているのでしょうね。今ではあの時の舞台が私の財産となっています。お客さんが「頑張りよ」って声をかけてくれてお金を握らせてくれたこともありましたしね(笑)

過去のリサイタルで手話でシャンソンを披露し新聞などに取り上げられたとお聞きしましたが、その時のエピソードを教えてください。

あの時のリサイタルは当初予定していた
ホールが急きょ閉鎖することになってしまい
とても大変だったのが印象に残っています。

手話付きで歌ったシャンソンは、耳が聞こえない彼を好きになった女性の歌で、結局彼はその女性ではなく自分と同じ耳が聞こえない女性を選び、その女性のもとから離れていってしまうというちょっと悲しい内容の歌なのですが。
あの時はマスコミに紹介されたことで色々と反響がありました。









Q3.須磨にご在住とおききしましたが

取材班

拵井さん

取材班


拵井さん


取材班

拵井さん





取材班

拵井さん






いつ頃から須磨にお住まいですか。

結婚した後からなので、18年前からになります。

須磨のご自宅でシャンソンの教室を開かれているとお聞きしましたが、生徒数はどのぐらいおられますか。

自宅にこられているのは40人ぐらいですね。女性の方がほとんどですが男性の方も4人おられます。

どうして教室を開こうとお思いになったのですか。

初めて教室を開いたのは芦屋だったのですが、私がコンサートで歌っているときにシャンソンを教えてくれる先生を探している人達が10人ぐらい聴きにこられてまして、皆様が私にお声をかけて頂いたのが、シャンソンを教えるようになった最初のきっかけです。既に教室の場所も確保されていましたので、とても恵まれていたと思います。

教室ではどのようなレッスン・授業内容を行われているのですか。

私共の教室では音の高さを各個人にあわせて、私がピアノで伴奏して歌う感じですね。発表会は年に1回、プロのピアニストをお呼びしてホールを借りて行っております。あとミニ発表会が年に1回、その他に内々の発表会として新年会を行っております。



    
     拵井さんと生徒の皆さん(ポートピアホテル・キーノーツにて)




Q4. 目指しているシャンソン活動や、これからの予定をお聞かせください

取材班

拵井さん

取材班

拵井さん






取材班

拵井さん






取材班




好きなシャンソン歌手を教えて下さい。

シャルルアズナブールやジャックブレルの歌が好きですね。

今後、先生としてはどのようなことをやっていきたいと思いますか。

そうですね。ステージでシャンソンを歌うのは会場・音響・照明などに何かと費用がかかります。安価な市の公民館を借りるなどして、どうにかやっているのですが、やっぱりそれで続けていけなくなるのは寂しいですよね。自分も昔に苦労したことがありましたので、そういう意味では先生として出来るだけ多くの人にシャンソンを歌ってほしい、聴いて頂きたいと思っています。

では、ご自身がこれから歌手としてどうありたいとお思いですか。

難しい質問ですね。でも先ほどの北野クラブの話にあったように苦労した時代を忘れないようにいたいと思います。あの時は40度の熱があっても、ステージのために雪の中を歩いて弾き語りをしに行ったりしましたからね(笑)
ですから今後も初心を忘れずにやっていきたいと思います。


拵井さん、今日は素晴らしいお歌とお話をお聞かせ頂きありがとうございました。これからも応援していきますので、頑張ってください。本当にありがとうございました!!



拵井加代子さん公式HPはこちら


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